ランキング投票

2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

Furries' Books

お買いもの

  • 医学書なら…
  • カップ付キャミソールなら…

ここを訪問してください

  • みんなでつくろう!がん医療のドリームチーム
無料ブログはココログ

乳がんと恋愛

2010年11月10日 (水)

ひとつ年をとりました

病気になってから1年半。先日、52歳になりました。
CT検査の結果も良好で、うれしい気持ちで誕生日を迎えることができました。

乳房全摘・再建の傷はまだまだ赤いですが、確実に少しずつ薄くなってきています。
でも服を脱いでみるとまだロマンチックからは程遠いのです。

パートナーT氏に胸を見せながら、
「この傷には感じないよね~」
と言ってみました。

「その傷には感じないけど、その傷と戦った女には感じる」
と言ってくれました。

あ~よかった、この人がいてくれて。
そう思った、誕生日でした。
来年も、再来年も、ずっとこの人と一緒にいたいです。
この人と出会わせてくれた神様に感謝です。

2010年10月14日 (木)

「がん患者の〈幸せな性〉」について

「がん患者の〈幸せな性〉」という本をご存知ですか。私はこの本にとてもとても救われました。(←左の書籍案内をご覧ください)

がんになって、聞きたくても聞けないことがたくさんできました。ネットや書籍で情報を得ようと試みましたが、なかなかありません。いろいろな検索ワードで検索し、ようやく見つけてアマゾンで購入したのがこの書籍でした。書店で手に取ってみるのがちょっとはばかられる本でも、アマゾンでなら気兼ねなく購入できます。

この書籍について紹介したいことはたくさんあるのですが、私がいちばん知りたいことが表になって載っていて本当にうれしかったのです。こういうことががん患者のQOLに大切だという考えのもとに、きちんと追跡してデータを取り、患者に情報提供してくれる人たちがいるということが有り難くおもえました。その表の一部を転載させていただきます。携帯でこのブログを読んでくださっている方は表が見えにくいかもしれません。すみません。ぜひPCでご覧になってください。下の小さな表をクリックして頂けると、別ウィンドウで大きな表が開きます。

Cancer_2

 「がん患者の〈幸せな性〉」 アメリカがん協会編、高橋都&針間克己訳
                                                                春秋社 (p.46)より抜粋

子宮の全摘と卵巣の切除については参考までに載せました。手術前の私にとって一番ほしかった情報は「化学療法」「乳房切除、放射線照射」でした。そして、術後に「ホルモン療法」を受けることになり、「タモキシフェン療法」についての情報も貴重となりました。

これを見ての反応・解釈はそれぞれの女性の年齢や家族状況などによって異なると思います。私は子供を望むことができる年齢をとうに過ぎていましたので、これを見て、全体的には励まされたと感じました。「不妊」を除いては、なんとか対応できる状況ではないかと思ったのです。

この本を手術前に2冊購入しました。1冊はパートナーT氏にプレゼントしました。「読んでね」と言ったら「はいはい」と言っていましたが、どうなりましたか。

・・・この話題はまだ続きます。もう少しお付き合いくださいませ。

2010年10月13日 (水)

お互いをいつくしむ時間

乳がん告知から手術までの期間は、病気の状況や病院の混み具合などにより大きく異なると思います。私の場合、告知から手術まで2か月近くありました。この間に、自分の病気の状況を把握し、全摘か部分切除か、再建をどうするかなど、考えることがたくさんありました。

また、術後の自分をイメージトレーニングしていました。術後の胸の様子を想像し、パートナーT氏との変わらぬお付きあいを想像しました。お互いに忙しい仕事だったので、特別なことが迫ってきている状況の中でも、頻繁に会うことはできませんでした。でも、毎日携帯メールを交換していました。不器用な中年のおばさんとおじさんのカップルが毎日「おはよう」から「おやすみ」まで携帯メールを打っているのは、今になって思えば何となく可笑しい感じもしますが、あの頃は本当に大切なコミュニケーションの手段でした。

長いようであっという間に過ぎてしまった手術までの2か月間にパートナーとの絆を深めることができたと思います。からだのつながりについても、忙しい中でも、お互いをいつくしみ、愛し合う時間をなるべく持つようにしました。私の姿を覚えておいてもらえるように。昼間は泣かない私でしたが、夜、彼と一緒にいるときは見つからないように涙を流していた記憶があります。仕方ありませんね。泣きたいときには泣くしかないです。

でも、かならず乗り切れます。自分を信じてひとつひとつ決めて行きたいものです。

2010年10月12日 (火)

胸がなくなっても…

乳房や子宮は女性のシンボルのような受け止め方が強いですね。古今東西の裸婦絵画を見れば納得します。乳がんにかかったとき、両方の乳房をを失うことは女性性が半減してしまうような恐怖を感じました。頭ではそんなことないはず、とわかっているのですが、感情ではそうは行きません。

付き合って半年。50歳を目の前にしてようやくこんなに気の合うすばらしい男性にめぐり合えたのに。今後、胸のない私、術後の治療が続く私でも、彼は以前と同様に愛してくれるだろうか。精神的な愛情と肉体的な結び付きの両面で不安を感じました。何せ、お付き合いを始めて7か月です。

乳房は特別なもの。羞恥心を感じさせる体の部位。彼と私の大切なもの。その大切な乳房が病気を理由にあたかもモノのように医師や、看護師や、検査技師や、いろいろな人たちの目にさらされ、触れられ、処置され、「客観的な話」の対象になることが苦痛でした。センチネルリンパ生検を受けたときに乳輪の周囲に注射をした医師が、「痛くてごめんね。だって、両方だものね」とにやにや笑って言っていたのを、内心は「許すものか」と思いましたが、反発する気力もありませんでした。

胸がなくなっても、彼には変わらず愛してほしい。からだの結びつきをなくさずにいたい。病気発覚後のバタバタの中でも、それだけは心配で、一所懸命ネットや書籍で関連の話題を探しましたが、情報が本当に少なくて、答えを教えてもらえない問題練習を繰り返し解こうとしている学生のような気持ちで毎日を過ごしていました。

乳がんが発覚したばかりの女性の多くはこのような気持ちを持つのではないでしょうか。

2010年10月11日 (月)

交際9か月で胸を失う

この病気になるまでは、きれいな言葉で言えば「ふくよか」、有り体に言えば「太め」の体型を維持(?)してきました。胸も小さい方ではありませんでした。

両側乳がんを発症したとき、まだ交際半年。右は非浸潤だったものの、がんが乳房の上部ほとんどを埋めているという大きさ(主治医D医師談)のため、問答無用で全摘の宣告。左は浸潤ではあるが、温存も可能と言われ、セカンドオピニオンにも行き、悩んだあげくやはり全摘を決意。このあたりの経緯は何度もこのブログに書かせて頂きました。

T氏と2人で「病気モード」で話し合いをしているときには、胸の話なのか、指の話なのか、足の話なのか、わからない冷静さです。でも、「嘆きモード」になると、これから失うものは2人を肉体的に結びつけているものだ、ということを、どうしても実感してしまいます。言葉は正確に覚えていませんが、「胸、なくなっちゃうんだけど、いいかな」みたいなことをT氏にたずねました。彼は、「あなたの胸が大きかったからあなたが好きになったのではなく、好きになったあなたの胸がたまたま大きかった、というだけだよ」と笑って言ってくれました。

それを聞いて、この人と一緒に病気を乗り越えていきたい、と思いました。

でも、もちろん、このあと2人の結びつきはどうなっていくのだろう、という不安は強く持っていました。乳がんを発症したばかりの女性ならどなたでも持つ不安だと思います。私も例外ではありませんでした。

がんのこと、治療のこと、胸をなくすことなどを考えながら、始まったばかりの恋愛関係についても考える。当時の私の頭の中はきっとオーバーヒートしていたのだろうと思います。

2010年10月10日 (日)

交際して7か月で発病

パートナーT氏に最初に会ったのは仕事の場。「いい人だな~」と思いました。でも、その後は1年に1回くらい、メールのやりとりをするくらい。「転勤しました。」「いかがお過ごしですか。」「お元気ですか。」そんな2,3行のメールが行ったり来たり。何年かまったく音沙汰がないこともありました。

それが、3年前に「一緒に食事でも」というメールが来て、とても久しぶりに再会し、そのときに彼の病気(膀胱がん)について聞きました。さらに1年間ごぶさた。そして一昨年の9月に「また、一緒に食事でも」というメールが来て、1年ぶりに食事。それがきっかけでお付き合いするようになりました。

熟年(?)、中年(?)のカップルとして、楽しく過ごしていた矢先、昨年4月に私の乳がんが発覚しました。真剣にお付き合いするようになってまだ半年でした。どうしよう、と思いました。こんなことがあるのか…と思ってしまいました。でも、彼は全く動じずに、受け止めてくれました。「クロらしいという電話がかかってきたときは足ががくがくしたけどね」などと、あとで言っていましたが。

それはそうでしょう。彼は数年前に大切な家族を脳腫瘍で見送っていたのでした。看病とお別れ、自分の発病と手術、そして私の発病。「またか」と思ったのではないかと想像します。でも、彼は、私の病気を受け止め、一緒に考えてくれました。交際して半年、というのは、微妙な時期だったと思います。親しいけれども、すべてを知りあっている訳ではない。遠慮もある。そんな時期に私の病気が発覚し、2人の絆は急速に深まったと感じています。

あれから1年半。今も変わらぬ彼の温かさに、心から感謝する日々を送っています。

2010年10月 9日 (土)

パートナーはがん友

「乳がんと恋愛」という新しいカテゴリーを作りました。乳がん患者として恋愛することについて、少しずつ書いていきたいと思います。

パートナーT氏と知り合ったのは14年と少し前。真剣にお付き合いするようになってから2年と少しです。

彼もがん患者です。お付き合いを始めたとき、彼ががん患者だということはわかっていました。お付き合いを始めて半年後に今度は私の乳がんが発覚しました。

私たちはがん患者同士のパートナーです。お互いに「どちらかが死ぬまで一緒にいましょう」ということになっています。(過去エントリ「支え合って生きていきたい」参照ください。)

とても強い絆と、安心感を感じています。彼と知り合えて本当に幸せだと感じています。彼はがん患者4年生、私は2年生になったばかり。これから先、どちらかが再発するかもしれないし、二人とも再発するかもしれない。二人とも再発せずにそこそこ長生きできるかもしれません。今は何もわかりません。でも、死ぬまで一緒にいよう、と思っています。