ランキング投票

2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

Furries' Books

お買いもの

  • 医学書なら…
  • カップ付キャミソールなら…

ここを訪問してください

  • みんなでつくろう!がん医療のドリームチーム
無料ブログはココログ

« ホルモン治療+卵巣摘出の影響 | トップページ | 両側乳房再建からもうすぐ2年 »

2012年2月12日 (日)

友達が旅立って1年

最初の入院のときに同室だったHさんが旅立ったのは、昨年の今ごろだった。

(彼女のことについては、このブログでも何度も書いている。)

Hさんは、2010年秋に友人と旅行。すでに、宣告された余命より長く過ごしていた。旅行から帰ってきてから急に体調を崩した。脳転移が増え、大きくなっていたそうだ。私は、その年末はほぼ毎日お見舞いに行っていた。いろんな話をしてくれた。子供の頃のこと。母親のこと。兄弟のこと。病気になってからのこと。仕事が終わって駆けつけて午後8時ころ。面会時間が終わる9時までの1時間が私たちの時間だった。いつも待っていてくれた。帰りがけにいつも「また来てね」と言ってくれていたのは、うそではなかったと思っている。

パートナーと一緒に行ったことが1度あった。彼は、私が入院しているときに毎日病室に来てくれていたのでHさんとは顔見知りではあったが、もう一度きちんと紹介したかった。その日、私がさきに病室について、あとでパートナーが来るというとき、私が彼を病棟のエレベータ前まで迎えに行ったことがあった。病室に戻ってみると、髪がほとんど抜けた頭にきれいなピンクの毛糸の帽子をかぶり、すこし上気した顔をして、にこやかに、パートナーを迎えてくれた。その気持ちが、うれしかった。

年末に退院して自宅療養となった。緩和ケアの病院も予約していたが、まず自宅に帰りたいという強い希望があった。左腕と左足が服が入らないほど浮腫んでしまい、退院のその日にたまたま私が毛糸のルームソックスをお土産に持っていったら、息子さんが、「いやぁ、助かりました。服のことは考えてましたけど、靴下まで考えてませんでした」と言って、その、クマさんのついた茶色いゆるゆるのルームソックスをはかせ、それから4人がかりで車椅子に乗せ、息子さんが玄関前につけた車になんとか乗せて、走り去って行った。

年が明けて、お正月に友人と一緒にご自宅にお見舞いに行った。本当はお酒が大好きだったHさん。お嬢さんが、「お正月だから」といって、350ミリの缶ビールを用意してくれていた。それを、4人で4つのコップに分けて飲んだ。彼女のコップにはさかずき1杯ぶんくらい入っていたかな。もう、話が時々ずれてしまうような感じだったが、ビールを一気に飲んで、「おいしい」と言った。お土産に持っていったイチゴ大福を「かわいいね」といってひとくち食べて、かみあわない話を1時間くらいして、「来月来るね」と、1ヶ月後の2月の6日にお見舞いに行く約束をして帰った。

その約束の1ヶ月後のその日が、彼女のお通夜になってしまった。友人と2人で参列し、帰りに、彼女の写真をテーブルに置いて、3人で、飲んだ。

もう1年がたつ。時間のたつののはやいことに驚くばかりだ。近いうちに、また2人でおまいりにうかがう。遠くに行ってしまったHさんだが、今でも私たちを見守っていてくれる気がする。ときおり、街中や、病院で、似た人を見かけることもある。そのたびに、Hさんは現実にはいなくなったと自分に言い聞かせる。彼女をそうやって思うたびに、悲しい思いと、温かい思いの両方を感じている。

« ホルモン治療+卵巣摘出の影響 | トップページ | 両側乳房再建からもうすぐ2年 »

思うこと」カテゴリの記事