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2010年11月

2010年11月30日 (火)

病気になって2回目の師走

2009年4月に病気が発覚してから早くも2回目の師走を迎える。
この病気になった人はその後の時間の経過が当たり前で何気ないものではなくなる。

季節が移り、衣替えをして、記念日がやってきて…。
病気になる前に買い求めた大きなクリスマスツリーを出す時期がまたやって来た。
感謝して飾りつけよう。

私の職場でも、私のあとに3人の方が部位は異なるが同じ病気になった。情報の少ない私でさえがこれだけの数を知っているのだから、診断書が提出される人事課などではどんな数になっているのか想像もできない。

テレビでも有名人が亡くなった報道が続いて、やるせない気持ちになる。
たくさんの方が罹患するこの病気について、もっと日常レベルで話すことができればいいのに、と思いながら、職場環境を理由に、病気を隠す自分を正当化している。

12月は忙しいけれど、この1年を振り返り、自分の進歩を確認する時間を取りたい。心と体、両方の進歩があったはず。いずれにしても、体調不良やモチベーション不足をやりくりしながら、なんとか、私なりに、頑張った1年だったのではないかなぁ。

あと1か月となった2010年を充実した気持ちで終わりたい。

2010年11月25日 (木)

胸が痛くて形成外科受診

2週間前に満員電車で胸を押され、非常に痛い思いをした。つかまり棒につかまっていて、左胸のろっ骨付近を非常に強く押された。けっこう騒いでしまった。でも、誰も何も言ってくれなかったのだが。「大丈夫ですか?」とは誰も言ってくれなかったのだが。

そして、この2,3週間、胸の痛みに悩まされた。先週の週末は学会でしばらく先生は休診。私の仕事との兼ね合いもあり、今日ようやく外来で診て頂くことができた。

形成外科主治医Y医師によると、「痛みのほとんどは炎症」だそうだ。私が受けた再建手術では、まず、乳がん摘出のあと、大胸筋の下にエキスパンダー挿入。そのあと、エキスパンダーを取り出して、今度は大胸筋の上に腹直筋皮弁挿入。その腹直筋皮弁の縫い目あたりがちょうど炎症を起こして痛んでいたらしい。

基本的に、この痛みは「がんが原因のものとは考えられません」とのこと。ほっとした。特に骨が痛かったので、「骨転移?」などと、いろいろなことを考えてしまっていた。こんなことをずっと続けていくのだろうな、と思いながら、Y医師の説明に聞き入る。

胸の傷跡も、お腹の傷跡も見せて、今後のことを相談する。

もう、スポーツクラブに行ってからだをいじめても大丈夫、と言われる。「ただ、そういうとき、時々痛くなりますよ」とのこと。そういうときにはスポーツクラブをしばらく休むなど、炎症をやり過ごす工夫が必要だそうだ。「エアロビクスでも、マシントレーニングでも。」と、形成外科主治医Y医師は笑って言う。「もちろん、整骨院でどんどんからだを整えてもらてください」とも。ありがたい言葉。「水泳もいいよ。」うーん、水泳か。まだ左の腕は伸びきらないから、もう少しかな、私としては。

だんだん体がもとに戻って行く感触。うれしい。とてもうれしい。でも、来年2月には子宮筋腫の摘出手術で、もう一度入院。「いつまでも病院と縁が切れませんね」とY医師。「いいんです、病院に来て元気をもらってますから」と私。子宮筋腫の摘出手術は腹筋を切ることはないので、それほど負担ではないと思うよ、とY医師のうれしい言葉。

通院する患者に元気を与えてくれるこの病院。ほんとうにありがたい。

これからもうまく行きますように…。

2010年11月23日 (火)

同僚のがん

しばらく見ていないな~と思う女性の同僚がいた。
部署が違うので全然会わなくてもおかしくはないのだが、
エレベータで必ず会う曜日があったはず。
「○○さん、最近見ないね」
と親しい同僚に何気なくたずねると、
「あら、知らなかったんですか。彼女、がんだったんですよ。」とのこと。
一部の人しか知らないらしいが、親しい同僚は特別なルートで情報入手したらしい。

全然知らなかった。私と違う場所のがんらしいが、
夏から今までを闘病に費やしていたそうだ。
そろそろ復帰するはず、と言われて数日。
それが昨日だった。エレベータ前に見なれた後姿。
やせた。もとから骨太でがっちりした体形の彼女なのだが、
線が細くなっている。そして何より、身のこなしが弱い。

「こんにちは」の声をかけられなかった。

どうしてかと考えてみると、自分が復帰したときのことと重ね合わせてしまったからだと思う。
彼女を気の毒に、と思う前に、
私もこんなふうに見えていたんだな、と思ってしまった。
私も8キロか9キロやせて職場復帰したから。

人をいたわるまえに自分のことを考えてしまって、情けない。
彼女がこれから少しずつ仕事に慣れて体調に合わせて仕事ができるようになってほしい。

でも、なかなか声がかけられそうにない。
声をかけると病気の話が出るのが怖いし、「私も…」と言ってしまいそうだから。
この職場で乳がん罹患の経験を話すつもりは今のところはない。

職場を信じていない、ということになるのだろうか。
職場の一部の人々を信じていないということになるだろう。
複雑な気持ちである。

(←エントリ「乳がんになる前にうつだった」参照ください。彼女はこの「なるべく会いたくない人」のひとりです。)

2010年11月10日 (水)

ひとつ年をとりました

病気になってから1年半。先日、52歳になりました。
CT検査の結果も良好で、うれしい気持ちで誕生日を迎えることができました。

乳房全摘・再建の傷はまだまだ赤いですが、確実に少しずつ薄くなってきています。
でも服を脱いでみるとまだロマンチックからは程遠いのです。

パートナーT氏に胸を見せながら、
「この傷には感じないよね~」
と言ってみました。

「その傷には感じないけど、その傷と戦った女には感じる」
と言ってくれました。

あ~よかった、この人がいてくれて。
そう思った、誕生日でした。
来年も、再来年も、ずっとこの人と一緒にいたいです。
この人と出会わせてくれた神様に感謝です。

2010年11月 2日 (火)

久しぶりの乳腺外科外来受診

仕事が忙しくてバタバタしており、更新が滞りました。
例によって、親しい友人より、「具合が悪くなったか?」と言われてしまいました。
具合は悪くなったり良くなったりですが、きっちりと生活しております。

10月21日(木)に、久しぶりの乳腺外科の外来、主治医D医師より、その前の週のCT検査で転移・再発を疑わせるものはいっさいなかったということをうかがいました。肺転移、肝臓転移、リンパ節転移なし。胸水も腹水もなし。信じてはいましたが、本当にホッとしました。

術後2年、3年、4年、5年、10年をめざし、頑張ります。ありがとうございます。

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