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2010年5月

2010年5月31日 (月)

50,000アクセス、ありがとうございます

いつも、ありがとうございます。

気が付くと50,000アクセスを超えておりました。ブログを始めたのが昨年の4月25日ですので、ちょうど1年と1か月です。単純に割り算すると、1日に約130アクセス…。ありがたいことです。

今週の形成外科の外来で、乳頭乳輪への刺青の日程を相談することになっています。両側乳がん全摘手術から1年。乳房再建も本当に最終段階を迎えました。

ホルモン治療は、相変わらずホットフラッシュがひどく、先週末の友人の結婚式でも、和服姿で汗だくになっていました。2次会で勝手に部屋のエアコンの温度を下げたら「寒いから温度上げて!」と言われてしまい、持参の扇でパタパタとあおいでおりました。でも、この程度のことは仕方がありません。文句を言うつもりは毛頭ありません。タスオミンも昨年8月10日以来、1日の飲み忘れもなく、続けています。まずは5年、頑張ります。この治療が再発を抑えてくれることを祈るのみです。

精神的には、かなり安定しています。これはパートナーT氏と家族のおかげによるところが大きいと思います。仕事はとてもきついです。職場では辛いことが多いのですが、T氏と家族にガス抜きをしてもらっている感じです。心強いです。

食事は以前に比べると少し緩くなってきましたが、それでも、和食中心で、野菜を多くとり、お肉はほとんど頂いていません。減塩もかなり徹底しています。もともとスープ類が大好きですが、お味噌汁を作っても汁をほとんど残して実だけ頂くことに心が痛まなくなりました。先週末の結婚式のお料理も、マッシュルームのクリームスープや牛肉のグリルなど、1,2口頂いてから、勇気を出してお皿を下げて頂きました。デザートのケーキは、お祝いですのでウェディングケーキのスポンジのところを1口だけ頂きました。お酒はストレスをためない程度に節制していますが、家では最近出た0.00%のビールで飲んだ気になることができるようになりました。体重もほとんど変わりません。

これからも乳房再建について、がん治療について、時々更新していきたいと思います。機会がありますときに訪問して頂ければありがたく存じます。今後ともよろしくお願い申し上げます。

2010年5月30日 (日)

和服を着たら大切な乳頭が…

4月に知人の結婚式で和服を着たが、そのときはまだ乳頭がなかったので、おやすみブラと産後の引き締め用の腹巻きをして胸とお腹の傷を隠し、美容室で着付けをお願いした。上手な着付けのおかげで、結婚式から2次会終了までの長丁場を無事に過ごすことができた。

この週末、友人の結婚式にふたたび和服で出席。今回は大切な乳頭をつぶさないようにしなければならない。前回身につけたおやすみブラは、1年前に購入したもので、サイズはL。手作りの乳頭保護キャップを支えるにはカップが柔らかくて大きすぎる。そのため、今回はMサイズのおやすみブラを買いなおした。

保護キャップがきちんと乳頭にはまっていることを確認し、ガーゼを上から当てて、Mサイズのお休みブラをぴったりと身に着け、前回と同じ美容室で着付けをお願いした。披露宴、2次会、3次会と、特に胸もお腹も痛くならず、快適に過ごすことができ、多少のお酒も入って気持ちよく帰宅。ところが、着物を脱いでみると、右の保護キャップがはずれて、乳頭を保護するどころか逆に押しつぶしていた。あわてて指で乳頭をつまみ、形を整えた。ひしゃげたようになっていた乳頭はなんとか立ちあがり、ほぼもとの大きさに戻った。

いつはずれたのかわからないが、乳頭再建後、普通のブラをしているときにキャップがはずれたことはないので、少々ショックではあった。痛い思いをして、やり直しのきかない手術を受けているのだから、気をつけなければ。

それにしても、和服で、きっちりと帯を締め、パーティに出席できるようになった。全摘手術1年後の回復ぶりが我ながら嬉しい。

2010年5月20日 (木)

乳頭乳輪再建手術から半月後の写真

乳頭乳輪再建手術から半月が過ぎた。まだ乳頭部分に少しの糸が残されている。また、乳輪部分のかさぶたも落ち切ってはいない。下の小さな写真をクリックすると別ウィンドウが開きます。気持ち悪いかたはスルーして下さい。ご参考まで。

2010_5_18

左右の胸のちょうど真ん中にある傷は、汗がたまって非常にかゆくなり、汗疹のようになってしまったもの。だんだん皮膚がきれいになっていくことを望んでいるが、もう少しかかりそう。デジカメで撮影するとまだまだ皮膚の調子が整ってきているとは言えない感じはするが、ちょっと見た感じは本物の乳頭そっくりだと自分では思っている。

このあと、一番目立っている左右乳房の縫合の部分にケロイド防止のステロイド軟こうを使うかどうか、月末の形成外科外来で、主治医Y医師と相談することになっている。

手づくりの乳頭保護キャップは大活躍中。乳頭の大きさも術後ほとんど縮んでいない気がする。暑くなってきて、おまけにホットフラッシュも相変わらずひどいので、就寝中はひどく汗をかく。汗の管理が必要だ。汗疹を増やさないように。

2010年5月19日 (水)

がん経験者の就労問題に取り組む「桜井なおみさん」

去る3月21日に行われた「オンコロジードリームチーム キックオフフォーラム」で、初めてそのさわやかな姿を拝見した桜井なおみさん。5月18日付毎日新聞(朝刊)2面の「ひと」欄で紹介されている。トレードマークの(と勝手に私が思っている)カーリーヘアの写真が、意志の強さも秘めていて、きれいだ。

キックオフフォーラムで、参加者同士が「夢を語ろう」というセッションを行っているとき、桜井さんはステージを降りてどんどんフロアの参加者の間に入り、ニコニコと笑いながら私たちにも話しかけて下さった。

がんと闘いながら仕事を続けていくこと。そのために必要なこと。訴えていくべきこと。フルタイムでこのことに取り組んでいる桜井さんは本当に自然体ですてきな女性だと思った。

新刊の書籍もぜひ読んでみたい。

☆桜井さんは、現在、がん経験者支援の企画会社「キャンサー・ソリューションズ」の社長。

2010年5月18日 (火)

医療費とブログ

たくさんの方々のブログを読ませて頂いている。コメントを残さない代わりに、時間の許す限り「ポチ」をして、「読み逃げ」はしていないつもりだ。

医療費が話題になることも多い。皆さん大変そうだが、頑張って支払っていらっしゃる。私もである。「医療費が払えないので治療をやめることにした」というブログは今までに見たことがない。皆さん苦労されながらもご自分にとって最適な治療法を求めて病院に行っていらっしゃる。

自分について言うと、私は幸せ者のがん患者だ。がん患者であること自体すでに幸せなことではないのだが、治療を受けることができている。私など、乳房を摘出しただけでなく、作ってしまった。

世の中のがん患者の中で、ブログ村にアカウントを持ち、気持ちを発信し、治療について報告できる私たちは恵まれている。お金がなくて、治療を断念している人たちがとてもたくさんいることを、私たちは忘れてはいけないと思う。でも、私たちは自分より金銭的に苦しんでいるがん患者さんたちについて知る機会があまりない。

世の中のすべてのがん患者が1本何万円もする注射を定期的に受け、1粒何千円もする薬を毎日飲めるとは思えない。

ブログで知るがん患者(私自身を含めて)の状況と、より広く現実を見たときのがん患者の実態はかなり乖離しているのではないかと思える。ブログのような「声」や「発信手段」を持たないがん患者について、もっと知りたいと思う。

2010年5月15日 (土)

お世話になった看護師に胸を見せに行く

形成外科外来にて、2度目の抜糸があった。今回は皮膚移植した乳輪部分も抜糸。さらに、乳頭部分も1,2か所を除いて抜糸。1,2か所残しておくのは、Y医師によると、「いちどに抜糸してしまうと、陥没しやすいと感じる患者さんが多いから」ということだった。乳頭は皮膚なので、きれいなピンク色。乳輪部分は皮膚移植の部分が赤くなっているので、逆にリアルな感じがした。白くむけたようになっているところが多く、きれいとは言えない。尋ねてみると、そのうちかさぶたがむけます、とのことだった。手作りの乳頭キャップを見せると、Y医師は「これは良いよ!」と言ってくれ、外来の看護師も「あらぁ、手作りですかぁ」とニコニコしていた。時間をかけて作って頂いた大切な乳頭だから、しっかり護らなくては。次回は3週後に外来診療となった。私はやはり縫ったあとが赤くなっており、3週間後の様子で、ケロイド防止のステロイド軟こうを使うかどうか決めましょう、ということだった。

外来を終えてから、病棟行きのエレベータに乗り、昨年お世話になった乳腺外科の病棟に向かった。誰とアポを取っているわけではないが、この胸を、あの辛い全摘手術を一緒に乗り切ってくれた看護師さんたちに見てもらいたかった。ナースステーションに行って、担当看護師の名前を言ってみると、ラッキーなことに、彼女がいた!そして、「あらぁ、どうしたんですか」と走るようにナースステーションから出てきてくれた。「胸ができたんです!」というと、「あぁ、見たいです、見たいです、見せてください!」と、私の服を引っ張るように処置室に連れて行き、「処置中」の札を外に下げ、私が服を脱ぐのを待っている。

「今日、乳頭乳輪の抜糸だったんですよ」というと、「あぁ、そうですか、よかったですね。あれからどのくらいになりますか」と聞くので、「全摘手術が2009年の6月9日でした。昨年の今頃はセンチネル生検で入院しましたから、本当に、1年になります」というと、「そうですか。長くかかったけど、再建できてよかったですね」と喜んでくれた。ブラを外して、見せると、「あらぁ、きれいにできましたね、よかったですね」と自分の胸ができたかのように喜んでくれた。指でそっと乳房を押して、「あぁ、これは、本物ですよ!」と。「自家組織で、エキスパンダーで伸ばしてから再建したから、やはり、これが一番きれいな再建ですよね」。お腹の傷も見せたが、「だんだんきれいになっていきますよ」と励ましてくれた。

そこへ、当時お世話になった別の看護師さんも入ってきて、「あらぁ、ちょっとやせましたね。何キロやせたの?顔が小さくなっちゃって」と言いながら、胸を見て、「本当によかったですね」と喜んでくれた。

両側全摘という大きな手術のあと、左のエキスパンダーが感染して、10日後に取り出すことになってしまった。あのときおろおろしていた私の手をしっかり握り、何十分も泣かせてくれた彼女が、今、「毎日変わらず同じ仕事してますよ~」といって微笑んでくれた。このお正月以来の再会だったが、相変わらず輝いていた。きっと、毎日毎日、第2の私、第3の私に血の通った温かい看護をしてくれているのだろうなと思うと、それだけで、もう胸がいっぱいになってしまった。

「次は刺青終わったら、必ず見せに来て下さいね」と言われ、約束して病棟を辞した。優しく、我慢強く、温かい彼女は、自分がどんなに「すごい」ことをしているか、意識していないに違いない。そんな彼女にまた癒しと元気をいただいた、いい日だった。

2010年5月13日 (木)

高額医療について-続き-

5月12日(水)毎日新聞(朝刊)は、高額療養費について引き続き特集している。

入院の場合には支払いが上限額までで済むようになったのに(2007年4月以降)、通院治療については、いまだに全額を窓口で支払わなければならない。申請から3か月すれば自己負担の上限を超えた分は戻ってくるが、薬の切り替えなどにより医療費がどんどんと高くなり、結局立て替え分を回収できずに支払いが減らない事例が多いということだ。通院治療の場合にはどこで上限額を超えたかが分かりにくいから(複数の病院で治療するなど)、ということらしいが、化学療法を通院で行っている患者の負担を考えると、なんとかしてほしい、という気持ちでいっぱいになる。

話は少しずれるが、高額療養費を月単位で切るのも、結構厳しいものがある。私は4月30日に入院、手術、そして退院が5月2日、という、「上限額」の観点からは非常にもったいない入院の仕方をしてしまった。会計の窓口では、「2泊3日の入院が、どちらかの月に固まっていれば…(支払いがもう少し少なくて済んだのに)」と言われた。4月30日の1日分と、5月1~2日の2日分がいずれも上限に届かないので、戻ってくる分がないのだ。今回は4月30日(金)に手術すれば、連休中に自宅療養ができ、職場復帰がスムーズだという主治医の考えがあったので、それを4月または5月に寄せることは不可能だったと思う。同じ2泊3日の入院で、月をまたいでしまうので支払額が大きく変わる、というのは、これもまた、釈然としない。

医療費、医療費、医療費。1年前までは医療費のことなど考えたこともなかった。今更ながらに不勉強だったと思うが、病気になったからこそ、真剣に考えるようになったとも言える。その意味で、このことをもっと多くの方々にわかってもらえるよう、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌などのマスコミが今後も積極的に取り上げてくれれば、という期待を持つ。

2010年5月11日 (火)

毎日新聞が「がんの高額治療」を特集

5月9日(日)と10日(月)の両日にわたり、毎日新聞(朝刊)ががん医療の高額化とがん患者の負担増について大きく特集している。11日(火)にも連載予定だったが、1面がサッカーワールドカップ南アフリカ大会日本代表の紹介に大きく割かれたため、休載となった。12日(水)には掲載されるのではないかと期待している。

この特集は新薬や新しい治療法が次々と開発される中で、それらの薬や治療法が非常に高額になり、利用できる患者たちは延命が期待されるが、経済的に困難な患者はたとえ「高額医療費制度」を利用したとしても家計が苦しくなり、治療を断念せざるを得ない人もでている、というもの。

この話題については、9日(日)夜のNHKテレビのニュースでも取り上げていた。

抗がん剤治療も、ハーセプチンも、ホルモン治療も、何もかも高額だ。私がお世話になっている病院はジェネリックを使えるものはすべてジェネリックが処方されているようだが、それでも、高額だ。この病院の会計では、「はい、4万8千円です」とか、「7万4千円です」とか、とんでもない金額がごく普通に窓口の職員の口から語られている。それまで風邪くらいでしか病院のお世話になったことのなかった私は最初は驚がくしたものだ。今でこそ、「今日はリュープリンの注射と、タスオミン3か月分だから、合計で3万5千円くらいかな」などと考え、あらかじめATMに寄ってお金をおろしておくことができるが、最初は金額を聞いて耳を疑った。

私はありがたいことに定職があるが、それでも病気になってからはかなり大変だ。派遣やパートの方々であれば、なおさら不安だと思う。「お金で命が買える」ような状況が生まれているとしたら、それは、国民皆保険の精神から大きくはずれている。

日本は新しい薬の承認に長期間かかるとして、「ドラッグラグ」の話題が多く聞かれるが、たとえ承認されたとしてもそれが目の飛び出るような高額な薬だとしたら、使えない人の方が多くならないか。薬があるのに使えない、という状況ほど苦しいものはない。薬価とはどのようにして決められるのか。もっと知りたいと思う。そして、私たち患者が声を上げたいときには、どうすればいいのだろう。知りたい。今、私たちは言われるがままに薬代を支払っている。値下げ交渉をする機会さえない弱い立場だ。

2010年5月10日 (月)

喜びを共有してくれる看護師さんたち

前回の乳房再建手術と、今回の乳頭乳輪再建手術の間には2か月半しか間がなかった。そのためか、形成外科の病棟の看護師さんたちは、皆さん私のことを覚えていてくれた。

手術の前に胸をチェックして、「経過がよさそうですね~」と喜んでくれ、手術が終わると「きれいにできましたね~」と喜んでくれる。お腹の傷の赤みが強いことに医師団より先に気づいて、先生方に報告するか相談してくれる。ガーゼを取り替え、胸帯を巻き直しながら、「和服着たいって言ってましたけど、着られたんですか?」などと、前回入院のときに相談していたことをちゃんと覚えていてくれる。

退院前には「本当によかったですね。私たちもうれしいです。入院がこれでお終いになりますようにね」と言ってくれた。私の喜びを共有してくれることを本当にありがたく思った。

先週の形成外科外来で、Y医師に「乳房再建がうまくいったことを病棟の看護師さんたちがとても喜んでくれたんですよ」と言った。するとY医師は、「看護師さんはもともと、病気の人を元気にしてあげたいと思って看護師になるわけでしょう。でも、この病院にいるとなかなかそういうわけにはいかないから、今回のあなたのように、形が元通りになって元気になる人を見ると特にうれしいのだと思うよ」とのこと。

外来の看護師さんもY医師の傍らでにこにこしている。なるほど。

この病院はがん患者が9割以上だろう。「治癒」とか「完治」という言葉がほとんど聞かれないこの病院で、外形を整えて病気になる前に少しでも近づけようとする形成外科は大きな役割を担っているのではないかと思った。そして、私たち患者の喜びを自分の喜びとして共有してくれる看護師さんたちを、本当にありがたく思った。

2010年5月 9日 (日)

乳頭保護キャップを手づくり

形成外科Y医師手づくりのプラスチックキャップが抜糸で外れたため、自分で乳頭を保護する手だてが必要になった。既成品で、母乳を与えているお母さんが赤ちゃんに乳頭を噛まれて痛めてしまった時のための、シリコンのキャップがある。これは、また別記事で紹介したいと思っているが、手術前にネットで購入して用意していた。これを先日の外来でY医師に見せると、もう少し傷が落ち着いてから使いましょう、とのこと。

それでは、自分で何かしようと思い、スポンジでキャップかな?と考えて、手芸店に行ってみた。イメージは厚みのあるスポンジをドーナツのように切りぬいて乳頭にかぶせる、というものだったが、スポンジだと皮膚にこすれて痛いかな、かぶれるかな、などと考えた。私はとにかくかぶれやすい体質だ。

手芸店の通路をぶらぶらと歩いていると、フェルトが目に入った。フェルトなら、肌に優しそうだ。ただ、今売られているフェルトは羊毛ではなくてポリエステル100%のものがほとんど。切り売りのものやすでに正方形にカットしてあるものなど、いろいろな種類が売られていた。

フェルトを何層にも重ねて真ん中をくり抜き、ドーナツ状にすることを考えた。ステッカーのように裏紙をはがすと接着するフェルトを見つけ、肌色のものを何枚か買い求めた。これを乳輪よりやや大きいくらいに丸く切り、乳頭が顔を出せるくらいの穴を真ん中にあける。フェルトは圧縮された布なので、カッターを使っても穴をあけるのには苦労したが、1枚ずつ穴をあけ、それから裏紙をはがして7枚ほど貼り重ねた。コンパスなどはなかったので雑な出来上がりだが、一応、肌色フェルトの乳頭保護キャップ完成。下の小さい写真をクリックすると別ウィンドウで大きめの写真が出る。ご参考まで。
Photo_3

これを乳頭にあてると、そのままでは落ちそうで少し心配。からだを動かす時に外れて、逆にこれが乳頭を押すようになっては大変。そこで、これをつけた上から薄手のガーゼをかぶせ、その上からゆったりした「おやすみブラ」をして就寝してみた。大成功。今朝起きても、ずれたり落ちたりしてはいなかった。これで、大切な乳頭を護れそう。昼間はこのキャップ+薄手ガーゼ+普通のブラで大丈夫そうだ。

胸にできた小さな2つのポチが本当に大切で、大事。

2010年5月 8日 (土)

抜糸前と抜糸後の乳頭写真

抜糸の前には乳頭を保護するためのプラスチックのキャップがかぶせられていた。このため、ブラをしないと、この輪がTシャツなどにはひびいたが、乳頭が押されて沈む心配はなかった。下の小さい写真をクリックすると別ウィンドウで大きめの写真が出る。気持ちの悪い方はスルーしてください。ご参考まで。
Photo

抜糸後は、このキャップがはずれた。皮膚移植をした乳輪部分と乳頭のトップの部分はまだ糸がついている。両乳房上部の長い傷の抜糸もすみ、まだ赤みは強いものの、少しずつ落ち着いてきている。下の小さい写真をクリックすると別ウィンドウで大きめの写真が出る。気持ちの悪い方はスルーしてください。ご参考まで。
Photo_2
乳頭は皮膚を縫い合わせたものなのだが、糸がついていなければ、本当の乳頭に見えるほどリアルな感じ。自然の乳頭乳輪部分とは皮膚の質感、色合い、立体感が異なるが、これは、後に刺青などで補っていくことになる。この乳頭はブラや下着などで押されると徐々に沈んでいくらしい。そうならないよう大切に保護することが大切。形成外科の外来では厚手のガーゼをあててくれたが、仕事をしていると、ガーゼにブラだけでは動いてしまいそうで心配。何か、保護するものがどうしても必要だ。

2010年5月 6日 (木)

乳頭出現!(抜糸)

乳頭乳輪の再建手術からちょうど1週間の今日、形成外科外来で抜糸した。乳頭乳輪は一部のみの抜糸になると聞いていたので、今日ですべての糸が取れないことは知っていた。

しかし、両乳房上部の長い傷2本(各10センチ余り)、お腹の皮弁を取って縫いなおした傷2本(各5センチくらい)、合計4本の傷の抜糸になるのかな、と思っていたら、乳頭乳輪部分もかなりの部分、抜糸された。

私はベッドに横になってパチン、パチンという音を聞いているだけであったが、形成外科主治医Y医師の「乳頭が出ました」という声に、「えっ」と思って顔を一所懸命上げて胸を見ると、はめられていたリングがはずされて、自立する乳頭が目に入った。「ひゃぁ」と思わず声を出してしまうと、Y医師も、介助の看護師もうれしそうに笑っている。今日、リングをはずした乳頭が見られるとは思っていなかったので、サプライズの喜びだった。

乳頭は胸部の皮膚を切り、それを持ち上げるように立体的に縫い合わせて作ってあるが、血流を確保するために、あまり細かい縫い目で几帳面に縫い合わせないのだと、Y医師から説明を受けた。「よく考えた上で、いいかげんに縫っているんですよ」とのこと。

「想像していたより少し大きいでしょう」と言われ、「はい」と答えると、「ここから、2,3割はしぼむと思っていてね」とのこと。でも、大事に、大事にしてなるべく沈まないようにしぼまないようにしていきたい。今日はふんわりとガーゼをかぶせてもらい、ブラをしてもよいということだったので、パッドを抜いたブラをドームのようにかぶせて、ゆっくり歩いて帰宅した。

まだ、乳輪部分の皮膚移植の抜糸は行っていない。これは来週、外来で。楽しみは少しずつ。

あとは、抜糸したあとの傷をいかにケロイドにしないか、ということが課題。私は左側乳房の傷は今まですべてケロイドになってしまった。Y医師に、今回の手術が最後になると思うので、何とか、ケロイドになることは避けたい、とお願いした。私はとてもかぶれやすい体質なので、テープを使うことができない。そのため、傷が落ち着いたら、ステロイドの入った軟膏を使ってみよう、ということになった。「ケロイドを防止すると言われている薬はずいぶんいろいろあるんですよ」とY医師。「でも、いろいろあるということは、これといって抜群に効き目のあるものはないということです。」 なるほど。乳房の上部、また、からだの中心部に近いほど、傷はケロイドになりやすいそうだ。

運動、重いものを持つこと、刺激物を食べること、お酒を飲むこと、これらを控えることによってケロイドにならないようにする、ということは事実上不可能だと言われた。「安静にしていることは確かにケロイドを防ぐためにはいいけれど、いつも安静にしているわけにはいかないでしょう。」 確かに。

明日は、大切な乳頭をどのように庇いつつ出勤するか、対策を練らなくては。人とぶつからないように、上手に電車に乗らなくては。通勤電車が少々心配である。

2010年5月 5日 (水)

連休の下町散歩(1年たって…)

退院して初めての外出は、パートナーT氏との下町散歩となった。

1年前にも下町を散歩し、お寺にお参りし、そして立ち飲み屋でビールを飲んだ。あのときは、告知を受けたばかり、治療の方針も未決定。左右の乳房を全摘するかどうかも決めていなかった。セカンドオピニオンを控えて、落ち着かない気持ちをかかえて歩いていた。あれから1年…。

今年も、退院祝いを兼ねて下町を散歩しようということになった。昨年とは違う場所で。でも退院直後、おまけに抜糸前。まだ体に糸がついている。無理をしない程度に…ということであるが、駅を降りると思いがけない人波。T氏が手を差し出してくれ、私の胸を護るように前を歩いてくれた。

「ちょっと…」と言ってどこかへ行ったT氏が戻ってくると、手には美味しそうなソフトクリームが。「うわぁ、すごく久しぶり。乳製品食べてないから」と言うと、「だから、1つだけ買ってきた。たまには、いいんじゃない?」とT氏。2人の間をソフトクリームが行ったり来たり。「病気になってから初めてだと思う」と私。甘くて冷たくて、ミルクの香りが懐かしい。「久しぶりだ」と言いながら食べられることがたまらなくうれしい。

駅からゆっくりと歩き、お寺の入り口にたどりついた。参道まで人がいっぱい。1束100円のお線香を買い求め、煙を胸に、お腹に、手招きする。1年前もこうやって、胸に煙を当てていた。1年後、同じことができてよかった。

お参りのあとは、お寺の雑踏を離れて、周辺をぶらぶらと散歩。黒飴をなめながらスマートボールに興じ、咲き始めた藤棚の下に出されたテーブルと椅子に座って、ほんの少しビールを飲み、焼き鳥を食べる。爽やかな風が通り過ぎていく。「気持ちいいね。5月だね」とT氏。

この1年間に、病気になって、胸がなくなって、胸ができて、すごいことだったね。そして、こうやって一緒にいられるのが、本当にうれしいね。そんなことを話しながら、爽やかな5月の1日が暮れていった。

2010年5月 3日 (月)

手術後初シャワー

乳頭再建をされた方のブログを読ませていただいていると、手術後しばらくシャワーはだめと言われている方もいらっしゃるようだ。私の形成外科主治医Y医師は、「退院したらすぐシャワー浴びてください」と言った。「ただ、胸のリングに手をひっかけないように気をつけて」とのこと。それを受けるように看護師さんから「手に石鹸を泡立てて、なでるように洗ってくださいね、こすらないようにね、そしてよ~く洗い流してくださいね」と親切なアドバイス。まだ再建した乳頭をじっくり見るチャンスもなかったので、シャワーを浴びるのを楽しみに、昨日退院した。

でも、昨日は疲れていたのか帰宅後はほぼ寝込み、夜になってもシャワーを浴びる元気が出なかった。でも今朝はしゃっきり起きられ、いよいよシャワー。乳頭と胸の傷をおおっていたガーゼをそっとはずすと、おおっ!しっかりと乳頭ができている。思ったより大きい。沈むことを想定したサイズなのだろう。乳頭にはめられたリングには台があって、それがガーゼと縫い合わされている。ガーゼは何箇所かで皮膚にも止められている。かなり複雑。乳頭にも、ガーゼにも血がついていて、まだまだ少々「おどろおどろしい」感じになっている。でも、これで抜糸が済んでリングも取れれば、ずっと自然な感じになるのだろうと思えた。

胸の傷も、本当にきれいに縫い合わされている。形成外科の先生方って、なんて器用なんだろう、と思ってしまう。看護師さんたちも言っていた。「そうなんですよ、私たちだって縫物する時、糸を針に通すのって大変じゃないですか?それが、形成の先生方って、本当に器用に、細~い糸をスル~って小さい針穴に通しちゃうんですよね。すごいんですよ。」

無香料の石鹸を泡立て、言われたとおりに丁寧に洗う。今まで何もなかった胸に、立派な乳頭が2つ出現している。バスルームの鏡に映して、まじまじと見つめてしまう。

お腹の修正のあとは、まだかなりヒリヒリする。傷口の周囲2,3センチが赤くなっている。炎症にならなければいいのだが。

デジカメ写真を撮ったが、まだ公開するには刺激が多そうなので、もう少し落ち着いてからの写真をアップしようと思う。…というか、乳頭ができたら、急に写真をアップするのが恥ずかしく思えてきてしまった。不思議な気持ちの変化である。

2010年5月 2日 (日)

退院しました

何十針も縫ったとは思えないほど術後の経過も良く、今朝の回診後退院となった。今回は2泊3日。スピード退院だった。

今朝は形成外科S医師と研修医T医師による回診。S医師は2月の乳房再建手術でも主治医Y医師とともに担当し、今回もY医師が胸の作業をしている間に左右のお腹の傷を修正してくれた。(お腹の傷は左右の切り始めの部位でどうしても段差ができ、犬の耳に似ているので「ドッグイヤー」というそうだ。今回はその両端を再度切り、脂肪を少し除去してウエストラインががたがたにならないように縫い直した。)

S医師は「お腹はまったく問題がないですね」と言い、出血もないのでガーゼもはずし腹帯だけにした。胸は左右に入っていたストローのようなドレインを抜き、ガーゼを交換して処置終了。抜糸は来週のY医師の外来で、と確認した。乳頭がリングで保護されている間は沈む心配はまずないが、きつい服や下着で締め付けることのないように、と言われた。胸帯をはずしてブラをしてもいいが、まだ浸出液があるのでパッドのようなものを当てること。

「胸、うれしいです」とS医師に言うと、「こちらもうれしいですよ」と、ニコニコ笑ってくれた。

回診が終わると退院するのみ。荷物をまとめ、忘れ物をチェックして、ゆっくりと退院準備をした。日曜日なので、次の人が来るから早く、とも言われない。

私の新しい胸を育んでくれたこの病棟とこの病室に名残惜しささえ感じながら、静かに病院をあとにした。日曜日の今日も病棟には看護師の明るい声が響いていた。心の中で「ありがとう」を繰り返した。

病院近くの神社に参拝。病気発覚後、ここに何回通っただろう。今日はこの1年を感謝して頭を下げた。おみくじは「大吉」。「病」は「大したことなし、安心せよ」だった。「大したこと」はあるのだが、「安心せよ」はうれしい。

自宅に戻るとさすがに疲れが出て、ごろごろと寝てばかり。ゴールデンウイーク中、よく休んで体調を整え、仕事再開に備えたい。

それにしても、「30日に手術しよう。そうすれば、連休中休めるから仕事を休まなくてすむでしょう。」と言ってくれた形成外科主治医Y医師に感謝。私の回診のために昨日も休みを返上して病院に来てくれた。

この病院にお世話になり、すばらしい医師、看護師にめぐりあうことができた。自分を本当に幸運だと思う。私の命、体、乳房は彼らが守ってくれたもの。大切に、大事にしていきたい。

2010年5月 1日 (土)

立派な乳頭ができた

ゴールデンウイークに入り、新たに入院する人もいないらしく、病棟も何となく静かな感じがする。

再建手術後1日が過ぎ、お腹の修正部と両胸、それぞれがピリピリと痛むものの、ロキソプロフェンで抑えられており、発熱も昨夜にはおさまった。左右の胸のドレインからはまだ浸出液があるが、色も薄く、ガーゼで対応できる程度の量だ。

今朝の回診では、Y医師も明るく、ニコニコしながらガーゼ交換をしてくれた。ガーゼの下から乳頭がのぞく。頭を一所懸命上げて乳頭を見ようと試みる。

乳輪部分には、円く切ったガーゼが被せてあり、乳頭には、透明プラスチックのリングがはめられている。リングとガーゼは縫い止められており、乳頭乳輪を保護している。まだ血があちこちにこびりついているが、思っていたより大きく、はるかにリアルな乳頭だ。

夕方。前回の乳房再建手術のときに、左胸の多出血に気付いてくれた、「左乳房の恩人」とも言える看護師がガーゼ交換のために病室に来た。きれいにできましたね、よかったですね、と我がことのように喜んでくれ、入院がこれで最後になりますように、と言ってくれた。

今夜は、この1年を思い出しつつ、支えてくださったたくさんの方々に感謝したいと思う。

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